小1の壁 保育園との違い

小1の壁 保育園との違い

 

 「小一の壁」という言葉がある。保育園や幼稚園に上がる時にどのような壁があるのか、小学校と保育園との違いについて考えてみたい。

 

男の教員がいること

 当たり前のことであるが、小学校には男性の教員がいる。子供たちにとって家族以外の男性の大人と一緒に遊ぶというのはそれ程経験があるわけではない。また家庭での保育もお母さんが担っているところが多いと思う。1年生の担任の中には中学校から転任してきた教員もいる。教員の方もどのように接したら良いのか戸惑っているのだが。

1年生の担任をしたことがあるが、今まで家庭ではほとんど子供の世話は妻に任せっきりだったので、最初はどのように対応すれば良いか迷った。

 

新しい友達ができること

 今までも友達はいたと思うが、家が近かったり保護者が友達だったりすることで一緒に遊んでいた。しかし、これからは一緒に遊んでいて面白い、共通の遊びがあるなど子供自身が友達を選ぶことになる。また逆にいじめも出てくるようになる。保護者がアンテナを高くして子供を見守ることが必要。

 

保護者の役割が大きくなる

 保育園や幼稚園の方が保護者の役割が大きくなるというのは、小学校の教員からすれば間違いである。まず帰りが早くなり家で過ごす時間が増えます。特にGWまでは昼過ぎに帰ってきます。学童に預けることも可能ですが、全員の子供が行くわけではありません。また、宿題をやらせることやゲームの管理なども必要になってきます。子供の自主性なのか我儘なのか見極めることも必要。時には頑固な保護者になってください。

 

 小学校に入学して、まだまだ保護者の方の子離れができていない状況だと思います。教員の中で「黄金の三日間」という言葉があります。学級をうまく軌道に乗せるために最初の3日間が大事だということだが、家庭でもGWまでにきちんと小学校生活を送ることができるように、「小一の壁」を乗り越えてほしい

 

 

がんばれ!池江璃花子さん

がんばれ!池江璃花子さん

池江璃花子さんのオリンピック出場が内定したことに非常に感動している。訳は自分も白血病に罹ったから、自分のことのようにうれしいし、白血病の患者に勇気を与えてくれたと思う。また他の人たちにも「白血病は治る病気だ」ということを教えてくれた。

 自分が小さい頃は、白血病というと不治の病。若くして死ななければならない、テレビドラマでもよくそのような設定になっていた。

 

白血病について知ってほしいこと。

死ぬ病気ではないこと

 白血病イコール不治の病というイメージが非常に強いです。しかし、白血病の種類によっては、薬によって今までとほとんど変わらない生活を送ることもできます。検査で白血病と診断された時には、訳がわからない状態でした。しかし、血液内科の医師はとても気楽そうに「薬があるから」と話してくださいました。ネットで見ても慢性骨髄性白血病の場合はほとんど押さえ込むことができるということでした。他の種類の白血病でも医療は進歩しているのです。

 

白血病にもいろいろな種類があること

白血病は進行パターンにより「急性」と「慢性」に分けることができます。またがん化した細胞のタイプから「骨髄性」と「リンパ性」に分けられます。自分の場合は慢性骨髄性白血病。これは入院する必要もなく、分子標的薬を使うことでほぼ普通に生活できるまでになります。

 

分子標的薬が高いこと

 分子標的薬の値段がとても高いのです。健康保険の3割負担でも1錠千円それを朝と夕方に2錠ずつ計4錠服用します。そうすると1日で四千円。2ヶ月に1度の診察でよかったのですが、検査代と合わせて28万円ほど。高額医療になるので、その制度を利用しても2ヶ月に8万円の負担。1年では48万円の負担になります。さらにこの出費がずっと続くわけです。現職で教員をやっていた時にはそれ以外にも助成制度があったので、それ程の負担ではありませんでした。しかし、せっかく治療することができる病気なのに、治療費のために断念してしまうケースもあるようです。

 幸い現在は服用を止めて医師による経過観察で過ごしています。

 難病指定になれば、医療費がかからないとのこと。

 

オリンピックでは池江璃花子さんの応援をしたい。日本のためにということではなく、自分のためにオリンピックを楽しんでほしいと思っている。

カンバレー!!

 

入学前に身につけてほしいこと-下敷きを使うこと-

下敷きを使うこと

 この頃下敷きを使ってノートを書いている子どもが少なくなっている。一番の原因が、教員のほうがあまり厳しく言わなくなったことだと思う。特に若い先生を見ていると、子どもが下敷きを使っていなくても何も指導しない。手の挙げ方は指導するのに下敷きを使うことは指導しない。教員が下敷きを使って書いていないのだから指導もできないのだろう。

しかし、次の3つの視点から下敷きを使わせてほしい。

 

1ノートを大切にする

 下敷きを使わないと、裏の面がでこぼこになってしまう。小学生の場合力を入れて書くので、書いた跡が次の紙まで移ってしまうこともある。そのでこぼこしたところに字を書くわけである。平らな面に書くことと比べると書きにくい。そうなると使い方もだんだん雑になってくる。

 

2字を丁寧に書こうという気持ちを高める。

 字を書くときに下敷きをノートに入れる。姿勢を正す。それから鉛筆をもって字を書き始めるための準備運動である。気持ちが書くことに向かっていく。逆に下敷きも使わないでノートに字を書くのは準備運動もしないでプールに飛び込むのと同じである。

 

3間違えることが少なくなる。

 字を丁寧に書くということは、止め、はね、払いにも注意して書くということである。メモ書きだから、人が見るわけではないのでなど使わない理由はいくらでもある。なぜ止め、はね、はらいに注意しなければいけないのか。字は本来記録として残して、他の人に読んでもらうものだ。特にテストや作文などは自分以外の人が読んで評価するということを覚えていてほしい。そのことが意識できるかも問題。

   自分が担任したときには、かなり厳しく下敷きを使うように言う。漢字ドリルでも、「下敷きを使っていないからやり直し」というのはいつものこと。しかし下敷きを使うことになれると、下敷きがないと気持ちが悪い。

支援の必要な子について 6年後の姿を思い浮かべて

支援の必要な子について 6年後の姿を思い浮かべて

 

宿泊研修に向けて

 特別支援学級に入学してくる子供もたくさんいます。教室や校内で過ごすだけなら大きな問題はないのですが、高学年になると5年生の野外学習、6年生には修学旅行などの宿泊を伴った活動があります。普通の小学校を選択したのは、お子さんに他の子供と同じような体験をさせたいという思いが強いと思います。しかし、保護者の目の届かないところで1日過ごすことになります。担任からは「どうされますか?」と聞かれます。「行くことができるだろうか」「他の子に迷惑かけないだろうか」など不安になってきます。

   あるお子さんのお母さんと話をしたことがあります。その子はかなり障害の重いお子さんでした。そのお母さんは「野外学習に行く」という目標を立て、1年生から取り組んできました。

「着替えを袋から出して着る」ことや「一人で寝る」こと。「お母さんの実家に泊まりに行くこと」「スーパー銭湯に行ってお風呂に入ること」最後には事前にキャンプにも行かれたそうです。宿泊研修に向けて少しずつできることを増やしていったそうです。

   私も特別支援学級の担任をしていた時に、4年生の保護者の方と野外学習の様子を見に行ったことがあります。一つはどのようなことをするのか、どのような場所で寝るのかイメージを持ってもらうためです。しかし、野外学習にいくためにどのような力を付けたらよいか考えてほしいと思ったからです。

   支援学級の担任とよく相談して、今後どうしたらよいか計画を立ててみてください。慌てる必要はありませんが、すぐに大きくなってしまいます。

 

    ここに書いたことは、特別支援学級の子供だけの問題ではないと思います。どのような子供にそだってほしいのか、そのために今何をしたらよいのか考え行動することが必要だと思います。

入学するときに身につけておいてほしいこと

入学するときに身につけておいてほしいこと

 この時期の雑誌を見ると、入学する時に「ひらがなは全て書けるようにしておく」「簡単な足し算はできるようにしておく」などの記事を見ます。しかし、学校ではそのような力をつけておく必要はありません。学習に関しては、それぞれの教員がきちんと指導します。では、入学時にどのような力をつけておく必要があるでしょうか。実際には学力よりも集団での行動ができること。身の回りの整理ができることの方が重要なのです。

 

1早寝早起き

通学班での登校が始まります。GWぐらいまでは班長さんがお迎えにくる学校もあります。お迎えに来てもらった時に、すぐに家を出ることができるか、そこで待たせてしまうかでは大きな違いがあります。それからの登校でも、通学班の子を待たせるというのは、問題の始まりです。早寝早起きの習慣をつけてください。そのためには保護者の方も早寝早起きをしてください。

 

2一人で脱ぎ着できるように

 お子さんは脱いだ服を畳むことができるでしょうか。体育で体操服に着替えたり、プールのために水着に着替えたりします。プールが始まる前には、濡れた水着も脱げるように練習しておきましょう。今は教師の方がセクハラに敏感です。水着を脱ぐ時には、子供たちだけで行うことになります。(男子の着替えには男の教員、女子の着替えには女性の教員が入ることもあります。さらに着替えが遅いと、他の子が入ってくることも)

服の前後ろがはっきりしている服やどちらが前なのか分かるようにワッペンなど貼っておくこともやっておきましょう。

 

3給食に備えましょう

 給食が始まると、食べることができなくて休憩時間になっても食べさせられている子もいます。中には泣きながら食べている子もいます。担任の考え方次第なのですがかなり厳しい教員も多いことは確か。好き嫌いはないと思っていても。実はお母さんが好きなものしか作っていなかったというのはよくあること。さらに、私の勤めている小学校では給食の時間は短くなってきています。

 しゃべったり、遊んだりしながら食べることのないようにしましょう。好き嫌いはできるだけ減らしましょう。月初めには給食の献立表をもらいます。どんな食材が使われているのか見てください。

 

4一人でトイレに行けるように

 トイレには一人で行くことができるようにしましょう。家庭では洋式便器だけですが、男子は立ってトイレをします。立って、ズボンを下ろさずにトイレで済ませることができるようにしましょう。1年生の中には、男子トイレの前でお尻を出している子供もいます。

 

 ここまで書いたことについては、できるだけ早く練習してGWまでにはできるようになると、学校生活でも適応ができると思います。

 

えこひいきについて考える-教員の立場から-

えこひいきについて考える-教員の立場から-

 教員に「えこひいきをしていますか」と聞けば、ほぼ100%の教員が「えこひいきなどしていない」と答えるはずです。では、どうして「えこひいき」という言葉が子供から出るのでしょうか。

子どもから「担任の先生がえこひいきしている」と聞かされたら、まず保護者はその担任に対する信頼はかなり低下します。しかし、半分以上は担任の思いがうまく伝わっていないのです。そのことについて今から少しお話します。

 

1一人ひとりの子どもに合わせて指導している

大前提として、特に小学校では子どもに対して対応を変えています。漢字の書き方一つとっても、「能力的にあまり高くなく間違えることの多い子」「下敷きを使わないなど学習習慣に問題がある子」に対しては対応が違ってきます。能力的に高くない子に対しては多少の甘くなります。逆に下敷きを使わない子については、字を正しく書いていても下敷きを使うように言うこともあります(テストの採点では共通の基準のはず)

また、「今日は○○さんを伸ばしたい」と思うこともあります。日頃意見の少ない子がノートに素晴らしい意見を書いてきたとします。担任だったら、この機会に○○さんが発言できるように授業で活かしたいと思います。これが学芸会だったり、運動会だったり、学級代表だったりすることもあります。

 

2力を入れて指導したいことは

2年生の算数では「かける数」と「かけられ数」の順番をしっかり教えます。学年が上がれば逆に問題ないのですが。保護者の方に教えてもらったのに×になることもあります。漢字も低学年の場合は書き順、止め、はねなどにこだわります。逆に学年が上がればルーズになることもあります。

 

3ひいきしたい子に

「言うことを聞いてくれる子」と「わがままな子」どちらが好かれるでしょうか。「ひいきされていない」と愚痴を言っているだけでは状況は変わりません。担任も指導したときにしっかり聞いてくれると嬉しいのです。朝大きな声で挨拶してくれるだけで、その子に対する見方が変わります。教員も人間なのです。

 

ひいきを肯定するつもりはありません。しかし、「先生はひいきしている」と言っているだけでは何も変化はありません。1と2は教員に相談してみるのもいいでしょう。

 

教育格差について考える

教育格差について考える

 地方の公立小学校にいると、それぞれの子供の家庭環境の違いの大きさを強く感じます。本来ならその子供の本来持っている能力に応じて進路が決定されていくべきだとはおもうのですが、残念ながら現状はそのようになっていません

 私の勤めている地域では、公立の高校の力が強いため家庭環境による格差はまだ小さいようにみられます。小学校で成績上位の子供も地元の公立中学校に進む子供がほとんどです。しかし、さらに進学実績の高い公立高校に進学するためには、小学校の頃から学習塾に行かなければなりません。(3年間で中高一貫校の勝負するのですから当然と言えば当然なのですが)

 10時までやっている学習塾で、当然送り迎えになります。またその学習塾でもその学習塾がある場所によってレベルが違っています。ですから、中心部にある学習塾に入れることも必要になってきます。

 小学校高学年で学力テストを行うと、山が二つできます。一つの山は保護者が教育に力を入れている家庭、もう一つの山は保護者が教育に力を入れていない家庭。親の経済力がその子の一生を決めてしまうことが多くみられます。この二つの山を見ると教育の格差というものを強く感じます。

 教育に力を入れている保護者からみれば、子どもが将来経済的に困らないようにするために力を入れているのだから当たり前ということになってしまうのです。

 残念ながら公立の小学校で身に着けることはできる学力には限りがあります。算数で少人数で学習している小学校も多くみられます。しかし、クラス分けは「単純に名簿番号で分ける。」「本人の希望でコースを選ぶ」ことになります。算数の担当の教員がその子供の学習レベルによってクラス分けをするということはめったにありません。

宿題で同じ漢字を何度も練習しているようでは本来の能力を伸ばすことはできないのです。何をどのように学習したらよいか、本来なら学習塾で考えてくれることをその子供が見つけなければならないのです。

教育格差について、どのようになくしていくのか。自分にもどうしてよいのか分からないといったことが本当のところです。

わたしの知っている人に、家庭の農業の手伝いをしながら、有名公立高校そして京都大学の法学部(その人が受験するときには、東大は入試がなかったので)に進み司法試験に合格して弁護士をしているという人を知っています。もうそういった人は出てこないのでは。