教員は聖職者か労働者か、それとも専門職か

教員は聖職者か労働者か、それとも専門職か

 

 ある時は聖職者、ある時は労働者そして判断に困ると専門職。教員の思いとは別に、周りが自分の都合で決めているようなところがある。

 

聖職者か

 ひと昔の教員は聖職者と呼ぶことができたかもしれない。確かにこの頃の教員は給料も安く、聖職者とでも思わなければできなかった。しかし、その分プライドも高かった。今では死後になったが「三歩下がって死の影をふまず」などと言われていた。保護者からも信頼されていた。夏の暑さにも負けず、エアコンの入っていない職員室で汗をかきながら採点やノートのチェックを行っていた。勤務時間も授業が終わり、片付けが済めばさっさと帰ることができた。喫茶店に寄って帰ることもできた。

 

教員は労働者だろうか。

給与をもらって生活している分には労働者と言えるだろう。しかし、労働の対価としての賃金が十分に支払われていないなど、労働基準から見ればかなり問題があるだろう。部活動の指導も拒否権がないのに、部活が終わるのは勤務時間終了後よりも後になっている。大会があれば、弁当一つで駆り出されて1日使われてしまう。

 

それでは教員は専門職だろうか。

誰でも教室で教えることができるわけではない。教員免許がなければ教壇に立つことはできない。子供に対して教えることだけ見れば専門職かもしれない。しかし、授業以外にも給食費の集金、教育委員会への提出書類なども専門の仕事と言えるだろうか。提出書類はいつ作るのかと言うと、時間があれば部活が終わってから。緊急の書類については子供を自習にして作ることもある。子供が万引きをすれば、警察より前に学校に連絡が入る。本来なら帰宅後は家庭の問題。子供に関する問題は学校に相談すれば何とかなると思っている人が多い。

 

 一体教員というのはどのような立場なのだろうか。

 しかし、教員を40年近く続けることができたのに、あまりマイナス点ばかり論うのはどうかと思う。次回は教員になってよかったことをお話ししたい。