教師として大切なこと

教師として大切なこと

 自分の会社で作っている製品の悪口を言う社員はいるだろうか。しかし、教員の世界ではそれがまかり通っている。「今年の子供たちは計算ができなくて困る」「今年の子供たちは落ち着きがない」など、自分が担任している子供たちがいかに良くないのか、それが自慢になっている。

しかし大切なことは、多くの教員が指導力のなさを認めていないと言うことである。私は担任している時に。テストの採点をしながら、点数が悪い時には申し訳ない気持ちで一杯になった。さらに次の授業に生かすことを考えた。授業中学級の全員に声をかけることはなかなかできない。そのために授業以外の場でも声を掛けるようにした。

さらにノートを見ること。担任の良いところは、自分が良いと思ったことをすぐに実践することができるところである。逆に言えばそれだけ責任が重いと言うことなのだが。授業のヒントになることを見つけることがよくある。今支援の先生が入って授業中に分からない子供への指導を行なっていることもある。そういった先生にノートを任せて朱を入れてもらっているとしたら、宝の山の前で道を譲っているようなものである。思わぬところで、子供たちの意見がぶつかっていることがある。そこを授業で取り上げることで、活発な意見が飛び交う授業を行うことができた。

学校指定の問題集についても同様。子供たちの顔を思い出しながら丸をつけたり、間違っているところには付箋を貼っていったりする。間違っても子供に答えなど渡してはいけない。答えの丸写しなどは子供たちがよくやること。それでは教えたことにならない。わからなければこちらから教えに行けば良いだけのこと。わざわざテストなどしなくても、成績はこれだけでつけることができる。

 本来教員がやらなければいけない仕事とはどのようなものだろう。子供たちの成長に直接関わるのが教師の仕事ではないだろうか。給食費が出ない子供の家に電話をしたり、家庭訪問したりするのが仕事だろうか。お祭りの時に、子供神輿の先導をするのが仕事だろうか。